2023年5月21日、下北沢の “T” が歴史に幕を閉じる。
その報せを受けた瞬間、私は数秒動けなくなった。
“T” と出会ったのは去年の夏だった。
静かでパスタが美味しいカフェがある、とある有名人も行きつけらしいという情報から
「良質な店なのだろう」とふんわり想像していたが、そんな言葉ではとても言い表せられない桃源郷のような店が、そこに佇んでいた。
少し重たいガラス扉を開けると、それまでの下北沢の喧騒が自然と消え去りひんやりした静寂に包まれる。大きな窓からは、自然光が優しく差し込んでいる。………嗚呼。初めて入店したときの、その静かな衝撃よ。
旦那さんが優しい声で「いらっしゃい」と招き入れてくれ、奥さんがこれまた優しく窓側の席に通してくれた。
長年丁寧に扱われてきたことが分かるインテリアに、白いタイルの床、窓からのぞく新緑、小さな音量でかかるジャズ。安心感とみずみずしさが両立する店内に、改めてため息が出た。
出てきた料理も、店の印象そのままの味。トマトとナスのパスタは、素材が際立つ優しい味。一口飲んだだけで違いが分かる、香り高いアイスティー。食後に頼んだかぼちゃのプリンは、食べきるのが惜しかった。子どもに戻ったように、ひたすら夢中になって平らげた。
通った回数はおそらく10回にも満たないけれど、この店で得た幸せのことを、今後も折に触れて思い出すんだろうな。
下北沢 “T”
東京都世田谷区北沢2丁目34−3